進行形で干渉できなくなって初めて物語になる

彼女の家から僕の下宿までの道のりは長い。バスと電車を乗り継ぎ、その後またバスに乗らねばならない。彼女は僕の最寄り駅で降りた経験が無いと言うから、初めて会う日は駅まで迎えに行く運びになった。

バスを降りて駅に向かうと、改札を出たところで彼女は待っていた。写真で見るよりもずっと輝いて見えた。初春の日差しが彼女の髪を照らして、それは亜麻色に揺れた。緩やかに内側に流れる毛先に、前日の電話の内容を思い出した。誰かから「明日の髪型何がいい?」と聞かれるたびに愛おしく思ってしまう。僕のためだけに可愛くなろうとしてくれているのだから。

バス停にふたりで並んだ。「あそこのお好み焼き屋さ、行ったことないんよな。」みたいにたわいもないことを話しかけたけれど、電話をした時の爛漫な話振りとは裏腹に、彼女はやけに無口で、あまり目を合わせようとはしなかった。

到着したバスに乗り込んで、横並びになって吊り革を掴んだ。並木に紛れて、開きつつある蕾が僅かに見えた。

「見て。桜。」と言うと、彼女はひとことだけ、「きれい」と呟いた。

バスを降りて、下宿までの坂道を登った。玄関をくぐるに至るまでにはそれほど時を要さなかった。

 

「彼氏できるんかなあ」と呟く彼女に、軽率に「俺やったらあかんの」みたいなことを言えるほど彼女のことは好きではなかったし、無責任にもなれなかった。

 

 

位置情報共有アプリで姉と繋がっているから詮索されたら面倒だなあという話をしていたときに、彼女のスマホを見せられた。

「家知られたら関係切れた時に押しかけてきそう」

「それはないやろ。俺、自分に興味ない人に興味ないから」

「そんな感じするわ」

 

 

手が届かなくなったから、言葉を介して触れ直そうとしているのかもしれない

 

7/19 追記

いずれ関係が終わることを当然のように捉えてそれが悲しくもないようなそぶりでいたのに、次第に彼女の心に醸成される愛の終わりを、互いに見ないふりをしていた。